2009年08月09日
両雄並び立つ
両雄並び立つジャズ盤・4枚が掲載されていました。 -西日本新聞2009.8.8夕-
私の守備範囲ではない、チック・コリア&ハービー・ハンコック(新しすぎる)、デューク・エリントン&カウント・ベイシー(古すぎる)、リー・リトナー&ラリー・カールトンの3枚は論外としても、スタン・ゲッツ&J・J・ジョンソンのオペラハウス盤は触手が動かないこともありません。
でも、ゲッツ、マリガンはやはりチェイサーでしかなく、ギムレットにはなりきれない感じです。
※R・チャンドラーが書いている「ギムレットには早すぎる」とは
“両雄並び立つ”、両雄がインスパイアーし合ったお気に入りを私なりに選んでみました。
まず、ハード・バップを完成させたともいえる「ジャイアント・ステップス('59年)」で颯爽と登場する J・コルトレーンが、一月後に代表作「サキソフォン・コロッサス」をレコーディングするS・ロリンズと競演した、「テナー・マッドネス(Tenor Madness) 」('56年)。
後にアルトサックスと“見まがう”音色(M・デイヴィスクインテットでのC・アダリーとの相似)に変化する前のコルトレーンは、ここではロリンズと“見まがう”音色です。
続いて、O・ピーターソン&M・ジャクソンの「ベリー・トール(VERY TALL)」('61年)です。
MJQでは十分にインプロビゼーションが生かされてないと言われ続けていた、M・ジャクソンが、J・ルイスの非スイングから解放されて云々との評もありましたが、私はここでのジャクソンが大いに好みでありながら、MJQ枠でのジャクソンも同じくらいに好みでもあります。
最後は、W・ケリー&W・モンゴメリーの「ハーフ・ノートのW・MとW・Kトリオ(SMOKIN' AT THE HALF NOTE)」('65年)。
この盤は、言葉にするのがばかばかしいほどの、スイング・アドリブ・インスパイアの塊で、聴き終わるとすぐにまた針を戻したく(LP盤はこう表現しますね)なるとともに、どっと疲れもでるとほど厄介な1枚でもあります。
私の守備範囲ではない、チック・コリア&ハービー・ハンコック(新しすぎる)、デューク・エリントン&カウント・ベイシー(古すぎる)、リー・リトナー&ラリー・カールトンの3枚は論外としても、スタン・ゲッツ&J・J・ジョンソンのオペラハウス盤は触手が動かないこともありません。
でも、ゲッツ、マリガンはやはりチェイサーでしかなく、ギムレットにはなりきれない感じです。
※R・チャンドラーが書いている「ギムレットには早すぎる」とは
“両雄並び立つ”、両雄がインスパイアーし合ったお気に入りを私なりに選んでみました。
まず、ハード・バップを完成させたともいえる「ジャイアント・ステップス('59年)」で颯爽と登場する J・コルトレーンが、一月後に代表作「サキソフォン・コロッサス」をレコーディングするS・ロリンズと競演した、「テナー・マッドネス(Tenor Madness) 」('56年)。
後にアルトサックスと“見まがう”音色(M・デイヴィスクインテットでのC・アダリーとの相似)に変化する前のコルトレーンは、ここではロリンズと“見まがう”音色です。
続いて、O・ピーターソン&M・ジャクソンの「ベリー・トール(VERY TALL)」('61年)です。
MJQでは十分にインプロビゼーションが生かされてないと言われ続けていた、M・ジャクソンが、J・ルイスの非スイングから解放されて云々との評もありましたが、私はここでのジャクソンが大いに好みでありながら、MJQ枠でのジャクソンも同じくらいに好みでもあります。
最後は、W・ケリー&W・モンゴメリーの「ハーフ・ノートのW・MとW・Kトリオ(SMOKIN' AT THE HALF NOTE)」('65年)。
この盤は、言葉にするのがばかばかしいほどの、スイング・アドリブ・インスパイアの塊で、聴き終わるとすぐにまた針を戻したく(LP盤はこう表現しますね)なるとともに、どっと疲れもでるとほど厄介な1枚でもあります。